東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)75号 判決
原告主張の本件補正の却下決定の取消事由の有無について検討する。
1 原告の1の主張について
特許法施行法第二〇条第一項には、原告が主張するとおり、「新法の施行の際現に係属している特許出願(抗告審判に係属しているものを含む。)については、その特許出願について査定又は審決が確定するまでは、なお従前の例による。」と規定されており、この規定の趣旨は、審査、審判の手続において、旧法と新法との間には、例えば拒絶理由について新法が旧法よりも広く認めているなどの相違があり、新法の施行前にされた特許出願について直ちに新法を適用することは、その出願者に対し、既得の利益を失わせる結果となる場合があることなどに鑑み、新法の施行前に既に出願がされている特許出願については、なお従前の例によつて処理することを明らかにしたものと解される。
ところで、本件においては、原特許出願は新法(特許法施行法第一条参照)の施行前である昭和三二年一月七日に出願されたものであり、また、本件特許出願(分割に係る特許出願)は、新法の施行後である昭和三九年四月二三日に出願されたものであるから、本件特許出願が特許法施行法第二〇条第一項の規定にいう「新法の施行の際現に係属している特許出願」に該当するためには、それが、原特許出願の時にしたものとみなすこと(以下これを「出願日の遡及」という。)ができるものでなければならないことはいうまでもない。そして、出願日の遡及が認められないものであれば、本件特許出願は、現実の出願日である昭和三九年四月二三日に出願されたものとして、右の「新法施行の際現に係属している特許出願」ということができないものであることは明らかである。したがつて、その場合には、本件特許出願について新法が適用され、いわゆる要旨を変更する補正に対しては、新法の規定に従い、決定をもつて右補正を却下しなければならないことは当然である。
ところで、新法施行前に出願された特許出願の分割による新たな出願(以下「分割出願」という。)について、旧法第九条第一項の規定による出願日の遡及が認められるためには、当該分割出願の発明の要旨とする技術的事項のすべてが、原出願の当初の明細書又は図面に記載されていることを要するのはいうまでもない。
しかるに、原告は、出願日の遡及の点については、単に本件特許出願は、新法の施行前に出願された原特許出願を旧法第九条の規定により分割特許出願をしたものであるから、当然に出願日が遡及するものである旨の主張をするのみで、右の技術的事項の関係についての主張は全くしていないのであるが、この点は、旧法が適用されるか否かの点に係わる事項であるから、以下これを検討する。
いずれも成立に争いのない甲第二号証、第一三号証(但し、被告が成立を不知とする訂正部分及び書き込み部分を除く。)及び乙第二号証、第六号証によれば、本件特許出願の当初の明細書及び図面(昭和三九年四月二三日付願書に添付のもの)に記載された事項のうち、(1) その図面第一図の欄外に記載された符号の態様とこれに関連する明細書の記載内容、(2) その図面第三図に記載の算用数字を用いた符号の態様とこれに関連する明細書の記載内容は、いずれもその特許請求の範囲に記載された発明の要旨とする技術的事項の一部をなすものであり、しかも、これらの事項は、原特許出願の当初の明細書又は図面に記載されていなかつたものであることが認められる。そうすると、本件特許出願は、その当初の明細書及び図面による限り、原特許出願との関係では、前記技術的事項に関する分割の要件を具備していないから、適法な分割出願であるということはできず、したがつて、出願日の遡及は認められず、現実の出願日である昭和三九年四月二三日に出願したものとして、取り扱われることとなる。
もつとも、本件特許出願に関し、その後の補正によつて、右分割の要件が満たされるに至つたときには、これにより改めて出願日の遡及が認められることとなる場合があるので、本件補正がこの場合に当るかどうかについて検討する。しかして、本件補正が、本件特許出願(分割出願であつて、新たな出願である。)それ自体との関係で、明細書又は図面の要旨を変更するものである場合には、その補正は許されず、本件補正によつて、本件特許出願が前記分割の要件を満たしたことにならないのはもとより、それが原特許出願の当初の明細書又は図面に記載されていた事項の範囲のものであると否とに拘らず、旧法の下において採用することができないのであり、新法の下でも却下されなければならない。
ところで、前掲甲第二号証及び同乙第六号証と成立に争いのない甲第四号証及び乙第一号証とによれば、本件補正は、新たな出願たる本件特許出願の明細書及び図面に対する補正を目的とするものであるところ、本件補正によつて補正された明細書及び図面の記載事項中、少なくとも、短点と長点とに1と5との数値を表示させ、短点と長点との組合わせにより表示される数値をもつて線番の順位を定めることは、その特許請求の範囲に記載された発明の要旨に係わるものであり、しかも、本件特許出願の当初の明細書又は図面に記載された事項の範囲内のものでないことが認められる(なお、前掲各証拠によれば、右の点は、原特許出願の当初の明細書又は図面にも、記載されていないことが認められる。)。したがつて本件補正によつて、本件特許出願が前記分割の要件を満たすに至つたとすることはできない。
そうすると、本件特許出願は、本件補正の却下決定がされた時点においては、特許法施行法第二〇条第一項の規定にいう「新法の施行の際現に係属している特許出願」には当らないものであるというほかはない。
ところで、原告は、本件特許出願に対する審理手続は、旧法下における便覧に記載された方式に従つてされなければならないのに、このような方式に従つた審理手続がされていないとして、便覧の諸規定を引用して、本件補正の却下決定が取消されるべきであるとの趣旨の主張をする。しかし、右の主張は、本件特許出願について出願日の遡及があり、右出願が特許法施行法第二〇条第一項の規定にいう「新法の施行の際現に係属している特許出願」に当ることを前提とすべきものであることは明らかである(なお、原告は、このほかに、本件特許出願の出願日が原特許出願の出願日に遡及しないとしても、旧法及び旧法下における便覧の規定が適用されるべきであるとの主張をもするが、この主張が採用できないものであることは、既に述べたとおりである。)ところ、右の前提は、既に詳述したとおり、これを認めえないものであるから、結局、右の主張は失当というほかはない。
なお原告の右主張は、それ自体明らかなとおり、単に便覧の規定を引用してこれに違反しているとするだけで、具体的にいかなる違反があつたかについて摘示するところがないが、本件の証拠を検討しても、本件補正の却下の決定を取消すべき手続違反は見当らない。
よつて、原告の1の主張は採用することができない。
2 原告の2の主張について
原告の2の主張が、それ自体本件補正の却下の決定を取消すべき事由となりえないものであることは、右決定が本件補正に対し判断している以上、多くを論ずるまでもなく明らかである。
3 原告の3の主張について
成立に争いのない甲第三一号証によると、本件特許出願の願書の第一面には、特許庁における「旧法適用」の印が押捺されており、これに貼付された印紙額からみて、右出願に際し、分割出願の手数料として二〇〇〇円が納付されたものであると認められる。
しかし、これらの措置のうち、まず「旧法適用」との印が押捺されている点は、本件特許出願が受理された当時は既に新法の施行後であるから、新法が適用されるのが原則であるが、適法な分割出願である場合には、前述のとおり、特許法施行法第二〇条第一項の規定によりなお従前の例によつて処理されることに鑑み、特許庁内部において注意を喚起するために便宜上されたものであると解され、したがつて、右のような措置がされたからといつて、その後の審査、審判の手続における分割出願の適否の判断を不要とする趣旨のものではないし、また、その判断を拘束するものでもない。また、前記措置のうち本件特許出願の手数料の額については、本件特許出願当時における特許法(新法)の手数料に関する規定に基づいて納付されていることは明らかである(原告は、本件特許出願後に改正された現行の手数料に関する規定に定められている金額と対比している。)。
そうすると、本件特許出願について特許庁が右認定のような措置をしたからといつて、本件特許出願について当然に旧法が適用されることとはならないのみならず、被告が本訴において原告の主張を争うことが、国家公務員法第九六条第一項の規定に違反するものでないことはいうまでもない。
4 そうすると、原告の主張はすべて理由がなく、本件補正の却下の決定に所論の違法はない。